水色のばあさん

 また水色のばあさんが現れた

 市役所のロビーには 昼間から

 用もないのに高齢者が溜まっている

 一見すると市民病院の待合室だ

 「どうされました?」

 分かってんだ 

 町内会の詩吟サークルの揉め事だろ 

 「私はいいんですけどね」

 そう語尾につけたがるこの人は

 数年前まで母校の教頭をしていた

 初めて対応した時 私の吊り下げ名札を

 まじまじと見られた時にゃ 

 「分かりました」

 何も分かってないことが 分かったことを
  
 分かったことにする不思議な言葉

 おそらく 心療内科の先生も

 ご愛用されていることだろう

 どーせ明日も来んだから

 仲直りするまで

 先生は学級会を続けたのに

 あくびを噛み殺し 腹を減らした

 その他大勢が今も割りを食う

 入り口に統合失調症の新人の姿

 昨日にひき続き 財布を落としたのだろう

 セルフスタンドで

 レギュラーを無限に給油するイメージ

 アクリル越しに頷きながら

まあまあ

 商店街の少し奥まった薄暗い一画から

 明かりと人の声とうまそうな匂いが

 漏れてくる

 料理屋か飲み屋か 皆目見当もつかない

 仕事の帰り道 ほんの数秒目にするだけ

 そこから色々想像をかきたて楽しんだ

 次第に想像だけでは飽きたらなくなり

 今日 意を決して店の前まで来たけれど

 店の中は真っ暗

 帰ろうと振り返ると

 「にいさん」

 フードを目深に被った男に呼び止められた

 尋常じゃない背の高さだ

 呆気にとられる私の傍らを通りすぎると

 おもむろに店の鍵を開けはじめた

 「何食べたいの」

 男は振り返り欠けた前歯をむき出しにして  
 笑った

 返事の代わりに店に入った

 正直 料理はまあまあだったが

 人を掴むのがうまい人だ

 翌日 急いで店に行くと

 店主の姿がない

 休みかと思い確認をすると

 小柄で無愛想なオヤジが奥から出てきた

 訳は話さず料理をかっこみ急ぎ飛び出た

 振り向くと絶え間ない賑わいと人の声

 あのまあまあが良かったのだ 私は。
 

あくま

 バッテリーはとうに寿命を迎え

 常に点滴に繋がれた老人のようだ

 そのくすんだ傷だらけの身体が

 どんなに熱く膨張しようと

 その心臓をタップしながら

 「俺?Mかなぁ。」

 にやけた顔でUberを手配する 

イチゴ

 渡された花束は

 女の香水の匂いがした

 事実の重さで

 ゆっくりと私の意識は後ろに倒れていく

 味のないイチゴを食べた時のような

 吐くに吐けない でも飲み込めない

 このまま私の意識も

 イチゴのように潰れてしまうだろう

かに

 玄関を開けると

 おめかしした妻が待っていて

 「今日は外食したい」

 と笑顔で言う

 断る理由もないので 鞄を放り投げ

 二人並んで歩きだす

 「蟹がいいな」

 「また?好きだね」

 いま思えば妻の目は笑っていなかった